「ピエロの赤い鼻」 2003年,フランス

監督;ジャン・ベッケル
出演;ジャック・ヴィユレ、アンドレ・デュリエ、ディエリー・レルミット、ブノワ・マジメル
2004年10月27日 シネスイッチ・銀座 

WWUドイツ占領下のフランス。にわかレジスタンス活動に身を投じたジャックとアンドレはドイツ軍に連行され、彼らの友人のティエリー、ジャックの教え子エミールとともに、深い穴のなかに監禁される。銃殺の時間が刻々と迫り、怯える彼らの前に、ピエロの赤い鼻をつけたドイツ兵が現れ、戯け、歌い、彼らを励ました。
ジャン・ベッケルは、前作『クリクリの夏』(お薦め)を観た時も思ったが、こぢんまりとしているけど、良い映画を作ると思う。人間の良心とか、希望とか、もう死語になりかけた言葉を信じさせてくれる。「生きている限り希望がある」。こういうストレートなセリフが気恥ずかしくなく、心に響いてくる映画は、そんなに多くない。
この映画のテーマは、一つはユーモア。極限に追いつめられ、とても笑うことなんか考えられない時ほど、ユーモアが人間を救うことがある。ジャックやアンドレは、それを敵のドイツ兵に教えられる。監督も述べているが、これは『ライフ・イズ・ビューティフル』などにも通じるテーマ。
しかし、それ以上に監督は"命の重さ"を描きたかったのではないかと思う。レジスタンス活動はカッコイイ。しかし、ジャックとアンドレの英雄きどりのレジスタンスは、理不尽な殺戮に対する抵抗、彼らを救うために投げ出された命の重さに比べたら、取るに足りないほど軽い。私が感動したのは、むしろ、その後のジャックとアンドレの生き方だ。彼らは取り返しのつかないことをした。犠牲になった命のことは、彼らの胸のなかにしまわれ、息子以外の誰にも語られることはないと思う。しかし、犠牲者の命の重さを受けとめ、誠実に生きている。ジャックが歌う「よろこびの歌」が会場にいる人たち全員の歌声になっていく。ドイツ兵の思いが、みんなに伝わっていくような感じがして、涙が出てしまった。
ここからは小ネタです。ジャン・ベッケルの父は、映画監督のジャック・ベッケル。代表作は『穴』。脱獄のために、男たちがひたすらが穴を掘り続けるという地味な映画だが、本物の元脱獄常習犯を主役に抜擢するという凝りようで、リアリティ、緊迫感があって面白い。『ピエロの赤い鼻』で、深い穴に落されたジャックが「監獄なら穴を掘って逃げられるのに、穴からは穴を掘っても逃げられない」と言うセリフがある。ちょっと笑ってしまったが、父ジャック・ベッケルに対する敬意だと思う。

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「世界でいちばん不運で幸せな私」 2003年,フランス=ベルギー

監督;ヤン・サミュエル
出演;ギョーム・カネ、マリオン・コティヤール
2004年10月27日 シネスイッチ・銀座 

移民でいじめられっ子のソフィー。母が末期ガンのジュリアン。2人は寂しさを紛らわすかのようにゲームを始める。ルールは、相手に条件を出し、相手がそれをクリアしたら、次は相手が条件を出す番。先生に汚い言葉を使う、お漏らしする…最初は子供じみた悪戯だったが、大人になるにつれ、条件はエスカレートしていった。
大人向けの、残酷なおとぎ話の絵本をめくっている感じ。これが「ヨーロッパで大ブーム」?(チラシの宣伝文句)というのが信じ難い。私は、映画館で観るほどのものじゃなかったなと…。
2人が幼い頃からゲームを通して付き合ってきたため、互いに愛しているのに、相手の告白がゲームなのか、本気なのか分からなくなってしまうというアイディアは面白いと思った。しかし、大人になってからの2人のゲームは悪趣味そのもの。条件を出す側の時はサドに、条件をクリアする側はマゾになる。相手だけでなく、ゲームに関係ない周囲の人たちの心まで平気で踏みにじって幸せをぶち壊し、2人だけが悦に入っている。これはエスプリとか、ブラックユーモアじゃないと思う。例えば、アレン、コーエンなども相当の意地悪だが、どこか人間味がある意地悪である。この映画には、そういう人間としての温もりが感じられない。あの結末は後味が悪すぎるし、監督だけが自己満足に浸ってるんじゃないの、とさえ思った。(ヒットしてるというんだから、好みの問題かもしれないけど)。
映画全編に流れる「バラ色の人生」は良い曲だなと思う。ただし、エンディングのアレンジだけは、やっぱり悪趣味。好きになれない。

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「ピアニスト」 2001年,フランス=オーストリア

監督;ミヒャエル・ハネケ
出演;イザベル・ユぺール、ブノワ・マジメル
2004年10月19日 DVD・自宅ごろ寝シアター

エリカは国立音楽院のピアノ教師。厳格な母に、ピアニストになることだけを望まれ、恋もお洒落も禁じられてきたエリカは、歪んだ秘密を持っていた。そんな彼女に一途に恋をする美青年ワルターが現れる。
エリカが一流のピアノ教師になれても、ピアニストになれなかったのが分かる。感情を素直に表現できないのだから。「私には感情はないの。知が勝るの」。悲しい言葉だと思う。押し殺された感情や挫折は、自虐的な行為や、歪んだ性的嗜好になり、ワルターという対象を得たことで一気に噴き出してしまう。彼の愛情に、素直に心を開けば楽になれるのに…と何度思ったことか。彼女の稚拙な愛情表現は、自分もワルターも傷つけ、苦しめるだけ。胸が痛い。
同時に、ワルターの挫折もよく描けている。彼は容姿も美しく、才能もあり、それを自覚していたと思う。挫折を知らない、若さゆえの純粋さ、傲慢さ。しかし、エリカを自分の思い通りに出来なかったばかりか、彼女の歪んだ愛情により屈辱感を味わされるなかで、それらは打ち砕かれ、穢されていく。彼の笑顔はずっと美しいままだが、だんだんと悪意がこもった笑顔に見えてくる。ホールで、出番を待つエリカに見せた笑顔の嫌ったらしさと言ったら!。
ラストシーンが強烈。ホールをスタスタ…と出て行くエリカ。映画のあいだずっと流れていたピアノがぴたりと止まり、無音のエンドロール。彼女の人生を暗示しているのだろうか。恋愛映画で、ここまで冷たくて、救いがないって…ちょっと他にないと思う。
エリカ役のユペールの演技が凄い。エリカは、仮面をつけたように表情をほとんど変えない。しかし、目や口元のちょっとした動き、立ち姿、歩き方、背中(後ろ姿のカットが多い)で、彼女の押し殺された感情が、見てる方まで陰鬱になるぐらい伝わってくる。この作品は2001年カンヌグランプリ、主演女優賞、主演男優賞を受賞。ハネケ監督の他の作品も観てみたくなった。

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「父、帰る」 2003年,ロシア

監督;アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演;ウラジーミル・ガーリン、イワン・ドブロヌラヴォフ、コンスタンチン・ラヴロネンコ
2004年10月7日 新宿武蔵野館3

兄アンドレイ、弟イワンが物心つかないうちに家出した父が、突然、12年ぶりに帰ってきた。父は戸惑う2人を旅に誘い、無人島へ。父と過ごす7日間。
鮮烈。2004年に観た映画のベスト1(になるだろう)。"詩"を感じさせる映画はあるが、この映画は"俳句"だと思った。父と息子という芯を残して、枝葉が潔く全部そぎ落とされている。語られない事があまりに多すぎるが、父と息子という力強い芯は、静謐な映像と相俟って一つの完結した世界を作りあげているような感じがした。そんな映画の余韻を味わいながら、公式サイトを覗いたら。監督が松尾芭蕉の話を引用していて、ビックリした。やっぱりどこかに"俳句"感覚を持った監督だったんだ…。
父親は絶対的存在。筋を通し、厳格で、黙々と少年達に一人で生きていくための術を教える。この無骨な父親はそういうふうにしか息子を愛せないのだと思う。兄アンドレイは父に認められたいがためにその愛に応えるが、まだ母の優しさに守られていたイワンは、父を拒否し、父を試すかのような反抗を繰り返す。父性的な愛し方しかできず、それがイワンに伝わらなかった父の無念。「誤解だ」。イワンを必死で追いかける父の表情に、胸が締めつけられる。彼らは父との決別によって、もう少年ではなくて、既に一人で生きられる術を持った男になっていたことを自覚したと思う(皮肉だが…)。解説によると、父=キリストであり、宗教的神話的要素を持つ作品なのだという。そう言われると、宗教的暗示のようなシーンもあったかなと思うが、日本人にはあまりピンとこない。ちょっと悔しい。
暗示、反復を多用するシーン構成、カメラーワーク、あざといぐらいに計算されており、隙がない。映像も1カット、1カットがよく出来た写真のように洗練され(車の駐車位置、繋がれた船、何気なく置かれた荷物までピシっと構図が決まっている)、とても美しい。くすんだ感じの色彩も静寂を感じさせ、私は好きだ。
「タルコフスキーの再来」と言われる監督。雨や湖。水が生命の還る所として表現され、湿り気を帯びた映像もタルコフスキーの影響を感じる。でも、タルコフスキーとは全く違うセンスの持ち主だと思う。タルコフスキーが、"詩的"で、思索をめぐらしながら、じっくりと主題に迫っていくのに対して、ズビャギンツェフはシンプルに核心だけをつかんで、観客に投げてくる。本作が初監督作品。今後の作品が楽しみ。この映画は、もう1度劇場に足を運びたいなぁ。

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「アイズ・ワイド・シャット」 1999年,アメリカ

監督;スタンリー・キューブリック
出演;トム・クルーズ、ニコール・キッドマン
2004年10月6日 DVD・自宅ごろ寝シアター

医者のビルと妻アリスは一人娘と何不自由ない暮らしをしている。しかし、ある晩、ビルはアリスから家庭を犠牲にしてもいいと思うほどの性的願望あったことを告白され、ショックを受ける。
この映画、どう解釈するかが難しい。アリスの最後のセリフがキューブリックの言いたかったことなのだろうか。人間は所詮サル(飛躍しすぎか?)。
知性、理性、道徳、愛…人間が人間らしくあるために覆う仮面は、ここではすべて脆く、嘘くさくて、幻のよう。深夜、部屋の片隅で輝くクリスマスツリーのように。堅くて保守的な男は、妻の告白をきっかけに、自分や他人の、仮面の下に隠された本能むきだしの欲望がはじめて見えてくる。その欲望を前に、ビルの倫理観はあっさりと崩れかけるし(娼婦を買おうとしたり、秘密集会に潜入したり)、医師の身分証明書=社会的地位・知性を振り回したところで何の役にも立たなかった。アリスの性的願望、婚約者のいる女からの告白、売春婦がHIVだったこと、娘を売る父親、そして怪しげな集会も殺人も、何一つ解らなかったのだから。
ビルは仮面の下を知ったことで、信じて疑わなかった夫婦の愛さえも、"互いに愛し合っているはず、裏切らないはず"という自分のヤワな倫理観でしかなかったことに気付き、不安になったのだと思う。僕達どうすればいいんだろう、アリスに弱音を吐いたりして…(ちょっと情けない)。これに対して、そんなことはとっくに悟っていたアリスの答えは力強い。「f○○○」。少なくともその瞬間だけは、愛し合っていることが確かだということなんだろう。彼女が永遠という空虚な言葉を嫌ったのも肯ける。
言うまでもなく映像は美しい。華やかなパーティ、明るい画面、軽やかなワルツから、青みがかった画面、単調だけど強いピアノの旋律へ、じわじわとサスペンスへ引き込んでいく。クレッシェンドのように不安を高めていく運びは秀逸。

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「ブルース・ブラザーズ」 1980年,アメリカ

監督;ジョン・ランディス
出演;ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、キャブ・キャロウェイ、ジェイムス・ブラウン、レイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、スティーブン・スピルバーグ 他
2004年10月5日 DVD・自宅ごろ寝シアター

刑務所を仮出所したジェイクと、弟分のエルウッド。彼らが育った教会の養護施設が固定資産税を支払えず、閉鎖の危機にあることを知る。2人は昔の仲間を集めてバンドを再結成し、資金を稼ごうとするが…。
ミュージカル、コメディ、カーチェイス、そして豪華キャスト。ハリウッド映画のおいしいところがぎゅっと詰まった感じ。私はミュージカル映画が苦手だけど、この映画は面白かった!。まず笑いがシニカルで、私好み。2人は方々で恨みを買い、警官や変な人たちに追われる身に。なぜか追う人々がどんどん増え、とんでもない事態になっていくのに、当の2人はシラッとして、飄々と目的に向って走っていく、そのギャップが可笑しい。凄い数の警官にビルごと包囲されても、税務署の窓口で「昼食、5分間休憩」に素直に待つ2人には笑える。そしてサンドウィッチ片手にやっと役人が出てきたと思ったら、あのスピルバーグだったりするから、 (゜▽゜;)もうぶっ飛んでしまった。ローハイドを歌う檻のなかにお誂え向きにムチが置いてあったり、レイ・チャールズが逆さまに貼ったポスターをニコニコ見ていたり、ネオ・ナチ出動シーンに「ワルキューレの騎行」を使ったり、小ネタにも手抜かりがない。
そして、ソウル・ブルースに疎い私でも知っている一流ミュージシャンのパワフルな歌、ダンスには圧倒された。ジェイク役のベルーシは、ずんぐりむっくりなのに身軽なこと!。短い手足でのキレのいいダンスは、パパイヤ鈴木以上(笑)。
私はコーエン兄弟のコメディが好きなのだが(ひねくれた笑いが好きな方にお薦め)、彼らの原点はこの『ブルース・ブラザーズ』にあるように思う。脱獄囚が偶然レコーディングした歌が大ヒットしてしまう『オー!ブラザー』、ネオ・ナチや変な人に追われてしまう『ビッグ・リボウスキ』などは、どうも『ブルース・ブラザーズ』の影がちらつく…。

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