「或る夜の出来事」 1934年 アメリカ

監督;フランク・キャプラ
出演;クラーク・ゲイブル,クローデッド・コルベール
2006年7月 DVD・自宅ごろ寝シアター

大富豪の超わがまま娘のエリー。父に結婚を反対され家出、長距離バスに飛び乗り、そこで失業中の新聞記者ピーターと出会う。彼はスクープ記事を狙って彼女に近づき、世間知らずのお嬢様に手を焼きつつも、一緒に旅をつづける。
ラブ・コメディの古典傑作。制作年を見て驚いてしまったが、70年前の映画である。フランク・キャプラは好きな監督で、何作か観ている。どれも面白いが、"アメリカの良心"と言われるだけあって、私は、その高い理想や正義感がチョットいやらしいなと思うことがある。しかし、この作品には、そういう優等生の説教じみた"いやらしさ"が微塵もない。純粋にラブコメであって、理屈抜きに面白い。
一言でいうと"じゃじゃ馬馴らし"だが、前半は2人の旅のエピソードが楽しく、後半は二転三転する展開にドキドキ、最後はホロッ(; ;)。粋な名シーンがたくさんあり、会話も小気味良い。
登場人物のキャラクター、俳優も魅力的だ。誠実、頼りになり、懐が深いピーター。どんな女性も一度は思い描く理想の男だ。それが、若きクラーク・ゲーブル、完璧である。二枚目では彼の右に出る者がないというイメージがあるが、この作品では、三枚目的な、ちょっと抜けた一面も見せ(ヒッチハイクのシーンとか(^.^))、笑わせてくれた。エリーのクローデット・コルベールも茶目っ気があり、高慢ちきぶりが嫌らしくない。ただの高慢ちきが、だんだんと自分の気持ちを押し殺す仮面になっていくから、健気で可愛くなる。そして、エリーの頑固親父がとても素敵だ。頑固も、娘の幸せを願ってこそ。映画を感動的に締めてくれる。
この70年前の映画が、後の映画に大きな影響を与えたことがよく分かる。メグ・ライアンなどが出演するような、テンポがいいラブコメの原型だろう。あの『ローマの休日』も、この作品をベースにしたと思われる。ヒッチハイク、ジェリコの壁、花嫁が逃げるシーン…、シーンや会話一つ一つをとれば、多くの作品に模倣されたり、パロディ化されて登場する。ちなみに、1934年のアカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞、初の5部門獲得の記録を作った。

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「ふたりのベロニカ」 1991年 フランス=ポーランド

監督;クシュトフ・キシェロフスキ
出演;イレーヌ・ジャコブ,フィリップ・ヴォルテール
2006年7月 吉祥寺バウスシアター

同じ年、同じ日、同じ時刻に生まれた、ふたりのベロニカ(イレーヌ2役)。ひとりはポーランドの田舎町で、もうひとりはパリ郊外で。容姿も瓜ふたつ、ともに音楽の才能に恵まれていた。ふたりは互いに知らないが、もう一人の存在を感じている。
こんなにも繊細な映画はほかにないと思った。私は、心のひだをふるわせる微かな音楽を、全神経を研ぎ澄まして聞いているような感覚で、この映画を観ていた。遠い国の知らない誰かの死も、定めれていたことにように、細い糸で自分の人生につながっている。キシェロフスキが生涯のテーマとした"運命"を、彼にしては分かりやすい暗喩を積み重ねたストーリーのなかに、しかし、とても繊細に浮かび上がらせた。特に、重要なのは人形劇による劇中劇だろう。それは、童話という形を取るが、ふたりのペロニカの死と再生の物語であり、糸で操られる人形自体が、定まった運命に操られているようでもある。
さらに映像と音楽が、幻想的で、儚い雰囲気をつくり出す。映像は淡いオレンジ色で覆われ、窓や透明なボール、鏡などを通して見る風景、揺らめく光が多用される。何かを隔てることで、向う側にある、見慣れているのに、知らない世界を覗こうとするような感覚が生まれる。特に、パリのベロニカが"赤い星"の入った透明のボールで風景を見るシーンは、まるでポーランドのベロニカを探しているようにも見えた。
音楽は、キシェロフスキ作品の殆どを手がけているズビグニエフ・プレイスネル。悲しく、冷たい美しさがある。この作品ではオカリナ(最初はリコーダーかと思った)で主旋律を奏でるものが多く、シンプルで、旋律の美しさが際立っていた。また、作品のなかで、ふたりのベロニカをつなぐ音楽として、ルネッサンス期、オランダの作曲家ヴァン・デン・ブーデンマイヤーの楽曲が登場する。私は、その楽曲がずっと頭に残っていたので、CDを一生懸命に探した。そして分かった…架空の作曲家であり、実際はプレイスネル作曲であることを…。サントラ盤を購入した(汗)。
最後に触れておきたいのは、イレーヌ・ジャコブの美しさ!。彼女ための映画と言ってもいい。知的で控えめ、無垢な少女らしさもある美人なのに、意外にセックスには大らかという役どころにはドキッとさせられる。ヌードシーンがあるが、今まで観た映画のヌードシーンなかでも、特に美しかった。同作品は彼女の出世作でもあり、カンヌ映画祭で主演女優賞を受賞した。
公開当時、劇場で観るチャンスを逃し、どういう理由かこれだけDVD化されず、私にとって幻の作品だった。ところが、ニュープリントで再上映され、最近、DVDも発売された。劇場で観られたのは幸せだった。DVDも…買っちゃったよー>5040円。

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「美しき運命の傷痕」 2006年 フランス=イタリア=ベルギー=日本

監督;ダニス・タノヴィッチ 
出演;エマニュエル・ベアール,カリン・ヴィアール,マリー・ジラン,キャロル・ブーケ,
2006年7月 吉祥寺バウスシアター  

子供の頃にある出来事で父を亡くしたことが、大人になった3姉妹、それぞれ形は違うが、歪んだ愛情になってあらわれていた。
故キシェロフスキ監督は、若手監督のために、ダンテ『神曲』を基にした『地獄』『煉獄』『天国』三部作の脚本原案を構想していた。このうち、『地獄』が、本作『美しき運命の傷跡』となった。また『天国』はトム・テクヴィア監督により『ヘヴン』として映画化され、2002年に公開された。キシェロフスキが生涯を通じて追求したテーマは、"運命"だ。不条理なものに逆らえず、翻弄されるしかない人間が、滑稽で哀れで愛おしい。
長女の嫉妬、次女の罪悪感、三女の執念…。どっぷりした女の情念の演出は凄まじい。しかし、キシェロフスキのテーマ="運命の不条理"が生かされたのは、母親の最後の一言だけだ。娘たちが過去の呪縛から解放され、再生への道を歩むかと思う時、たった一言が、静まりかえった湖にズドンと重い石を投げこむように、すべてをひっくり返し、暗い波紋を広げていく。このラストのインパクトは、確かに凄い。途中、女王メディア(夫への復讐のために、愛する我が子を殺す話だったと思う、たぶん)が引用されるが、それまで沈黙しつづけた母が、娘達を過去の呪縛=地獄から引き離すものかとばかりに、女王メディアになって、どーんとそびえ立つ。
このラスト1ショットが、作品の水準を高めたといっても過言ではない。逆に言うと、そこまでの展開は、ちょっと陳腐だ。私は最近やたらと多い"トラウマ"のドラマには、すでに食傷気味だったので、またトラウマか…と思ってしまった。3姉妹の常軌を逸した行動は、エマニュエル・ベアールはじめ女優たちの鬼気迫る演技もあって、それなりに魅力的だったが、原因のトラウマ、真相を知ることで解放されるという糸口が見えた瞬間、あっという間に魅力が褪せていった。トラウマ論は原因と結果が理路整然としすぎて、観る者に考えさせたり、言葉にならない感情を与える余白を奪い去ってしまう。
原案はキシェロフスキでも、別な監督、脚本が撮れば別物だ。しかし、反則技と知りつつも、キシェロフスキならば、同じテーマで、もっともっと不条理で逃れられない運命の"地獄"を描けたのではないかと思ってしまう。巨匠の原案を借りるなら、巨匠を超えなければ意味がない。
→公式HPはこちら

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「輪舞」 1950年 フランス

監督;マックス・オフュルス 
出演;ダニエラ・ジョラン,シモーヌ・シニョレ,ダニエル・ダリュー,シモーヌ・シモン,
    セルジュ・レジアニ,アントン・ウォルブルック,フェルナン・グラヴェイ,
    オデット・ジョワイユ,ジャン・ルイ・バロー,イザ・ミランダ,ジャン・クラリュー,
    ジェラール・フィリップ
2006年7月 NHKBS録画・自宅ごろ寝シアター  

アントン演じる狂言回しによって展開される、9人の男女のめくるめく恋の戯れ。
ため息が出るなぁ(’’*)…この映画。流麗という一言に尽きる。
恋愛と言っても喜びだけじゃなく、辛い、悲しい、ドロドロ…いろいろあるけど、この映画は、恋をして、好きな人を抱きたい、好きな人に抱かれたいという恋の一番ステキなトキメキだけを、純粋に描いていく。しかも、ダニエル・ダリュー、シモーヌ・シニョレ、ジェラール・フィリップ…フランスを代表する美男美女が、華麗なセットで、軽やかにダンスを踊るように、次から次へと相手を変えつつ、恋に落ちていく。男女の描写はあくまで上品で、露骨な描写は一つもないが、なんと官能的なこと!。すこし乱れたブラウスや、髪を直す仕草、ベッドに倒れた女性のドレスから見える足…。ほんのちょっとしたカットが、想像をふくらませる。今観ると抑えた表現だが、1950年の公開当時はかなり大胆な演出だったのではないかと想像する。
そして、この映画を観た人だれもが口にすることだが、カメラワークの素晴らしさ。長回しだが、よどみなく、華麗に流れていく。窓辺から部屋のなかへ、男と女へ、ベッドへ、そして天井へ…。流れるように展開する物語に、カメラワークも合わせたのだろう。このカメラワークは、キューブリックにも影響を与えたと言われるけど、とてもよく分かる。キューブリックの長回しも、華麗である。
恋、官能、華やかさ…これぞフランス映画!。

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