「やさしい嘘」  2002年  フランス=グルジア

監督;ジュリー・ベルトゥチェリ
出演;エステール・ゴランタン,ニノ・ホマスリゼ, ディナーラ・ドルカーロワ
2007年12月29日  DVD  病院ごろ寝シアター

dvd グルジアに住む祖母エカ、母マリーナ、娘アダの女三人家族。エカおばあちゃんは大のフランス贔屓。パリへ出稼ぎに行った息子オタールからの手紙を唯一の楽しみにしていた。しかし、ある日、オタールが事故で亡くなったという知らせが届く。マリーナとアダは、おばあちゃんを悲しませないために、偽の手紙を書き続けるのであった…。心温まる佳作。
グルジアは、1991年に旧ソ連から独立した。社会が短期間に激変すると、世代間の価値観の溝は深くなる。旧ソ連時代に上流インテリ階級だった祖母、没落した一家の生計をひとりで支える母、新しい時代での生き方を考える娘。これだけ考えていることが違えば、日々、家族バトルが勃発。私は、マリーナ母さんに同情した。マリーナは、今日はどうやって食べていくか、目の前の問題を解決するのに精一杯で、ばぁちゃんのように教養を磨いたり、娘のように夢を見る暇なんかなかったのだ。でもインテリばあちゃんは、パリにいる息子やフランス語が上手な孫娘ばかり可愛がって、所帯じみたマリーナには文句ばかり。そりゃ、嫌みも言いたくなるって。マリーナは時代の一番の犠牲者だと思う。
しかし、この家族は愛情深いことがだんだんと分かってくる。どんなに価値観が違っても、それを受けいられるのは、互いに愛し合っているからだ。でも、それは時には辛いことでもある。私は、マリーナ母さんが、嘘を突き通した方が幸せなんだと主張したのは分かる。辛い現実ばかりに直面しているマリーナにとって、現実を知らないことが一番の幸せだから。事実を隠されたエカも辛いが、それがマリーナたちの愛情だと受け入られるから、さらに上手の"やさしい嘘"をつく。エカとマリーナが、同じ"母親"だということも、愛情と表裏一体の辛さを深いものにする。マリーナは娘アダと別れてはじめて、手の届かないところへ行ってしまった子供を思うエカの母親としての気持ちを知っただろうし、また、マリーナの辛さを分かち合えるのも、同じ辛さを知るエカだけなのだ。
エカばぁちゃんを、自分で考え行動する大人の女性として描いたところに好感が持てた。ヨーロッパでは普通なのかもしれないが、日本では、エカばぁちゃんぐらい高齢だと、子どものようなキャラで描かれることが多い。蔵書を売っぱらって、観覧車で、ひとり煙草をフハ〜っと吸うエカばぁちゃん。格好良いなぁ。エカ役のエステール・ゴランタンは当時85才、なんと本作がデビュー作。

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「奇人たちの晩餐会」  1999年  フランス

監督;フランシス・ヴェール
出演;ジャック・ヴィルレ,ティエリー・レルミット,フランシス・ユステール
2007年12月28日  DVD  病院ごろ寝シアター

dvd 出版業を経営するピエールと友人たちは、ある晩餐会を楽しみにしていた。バカを招待し、誰が一番のバカを招待したかを競い合う悪趣味の晩餐会。ピエールは、ピニョンという最強のバカを招待するが、とんでもない事が起きてしまう!。
どフランス、シチュエーションコメディ。昨今の日本の笑いは、芸人が奇異な人になって(最近はキモイのがウケているようだが)、特殊な言動=ギャグを連発し、笑わせる。しかし、フランス映画での笑いは、会話の流れのなかでのユーモア。当人たちが、特別変なことをしているわけではないのである。相手に投げた言動に対して、まったく別な方向から、予想だにしない反応が、ひょいっと跳ね返ってくる面白さ。本作でも、そうした面白さが全編にわたって繰り広げられている。
字幕でも「バカ」と訳されていてるが、この作品の場合、「バカ」と言ってしまうと、ちょっと重い。ピニョンは、お調子者系KYな人(空気読めない人)という感じかな。天真爛漫で、何にでも首を突っ込みたがる。楽しいと思うことには、すぐに夢中になり、数秒前のこともコロッと忘れてしまう。失敗も多いけれど、憎めない愛されキャラだ。
鼻持ちならないピエールが、バカにしていたピニョンに、逆に、人生最大の窮地に立たされていくところが、痛快。でも、ピニョンは、ピエールを困らせようと思っているわけではなく、助けようと親切心でやっているから、笑えるのである。いつの間にか愛人やら、絶交中の友人やら、税務査察官まで加わって、バカにしていたヤツに追いつめられる関係が、縦横無尽に展開していく。で、結局、バカにしていた方が、バカだった…という、イヤもう、みんなバッカだなぁということになって、そうやって、彼らを見下して笑ってる自分もバカなんじゃないかと。気付けば、みんなバカなのである…。
もともとは舞台劇。狭い空間での展開で、映画向きではないが、その分、会話が面白く、ジャック・ヴィユレはじめ、芸達者な役者たちの台詞回しも小気味いい。最後はフェイントを掛けて、どーんと落とす(見てない人には意味不明だと思いますが)。やっぱりコメディはこうでなくちゃ!。

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「題名のない子守唄」  2006年  イタリア

監督;ジュゼッペ・トルナトーレ
出演;クセニア・ラパポルト,ミケーレ・プラチド,アンへラ・モリーナ
2007年12月23日  下高井戸シネマ

dvd イレーナは素性を隠して、高級アパートに住むアダケル家に近づき、「偶然の事故」でメイドになることに成功した。特に、4才の娘テアには特別な愛情を注ぎ、信頼を得るようになる。彼女の目的は何なのか。
トルナトーレ監督の代表作と言えば、「ニュー・シネマ・パラダイス」、「海の上のピアニスト」、「マレーナ」。感動作にしろ、ファンタジーにしろ、サスペンスにしろ、この監督が描くのは、いつだって"人生"だ。
最初に「結末は話さないでください」というメッセージが出るけれど、私にはあのオチはそれほど驚きでもなかった(薄々気付いてしまったよ、だって髪型を同じにするとか、先入観を植え付けようとする小細工が見え見えなんだもの)。ペンダントからオチへ急展開する流れは、見事だったが…。しかし、本作のサスペンスとしての醍醐味は、やっぱりイレーナの壮絶な人生が徐々に明らかになっていく過程にあると思う。冒頭、彼女は謎だらけの存在だ。過去がフラッシュバックでチラッ見えるだけ。しかし後半にいくほど、過去の断片シーンが長くなる。説明はなく、断片シーンが次々と現れてくるので、観客自身がその断片を拾い集めて、彼女の人生を繋き合わせ、謎の行動の背景を明らかにしていかなければならない。謎にぐいぐいと引き込まれ、なかなか気が抜けないのである。
この監督が描く人生は、物語全体として見ると、お涙頂戴である。しかし、私が凄いなぁと思うのは、細部の作り込み。人物のエピソードが、ちょっと思いつかないような意外性があって、心情がありありと伝わってくる。しかも、こういう生い立ち、性格なら、こういうことをするだろうなという説得力があり、そこはリアルなのである。例えば、イレーナが、子どもをぐるぐる巻きに縛り、体罰ともとれるような鍛え方をする。異常な行動に衝撃を受けるが、彼女の過去やトラウマ、強くなって欲しいという思い、母性などが複雑に渦巻いて、とてもつじつまが合った行動のように思え、胸がキリキリとしてしまう。また、イレーナが、アダケル家の旦那のスーツをベッドの上にきれいに並べ、その隣に横たわるというシーンも、ドキッとさせられるが、絶対に得られない幸せを一瞬だけ夢見る彼女の心のなかを、そのまま覗き見してるようである。こういう細やかで、不意をつくようなエピソードの積み重ねに、私は、魅力を感じる。そこらの、ありふれたお涙頂戴ドラマとは、レベルが違う。
最後のシーン、私は好きだな。微笑みを交わすだけだが、何があったのかが想像でき、胸がじーんとしてしまう。罪を重ねすぎた彼女には、あり得ないかもしれない。確かに、お涙頂戴かもしれない。でも、どんなに不幸で、過ちだらけの人生でも、いつか良いことがきっとあるさと、思いたいんです、私(T-T)(T-T)(T-T)。音楽は、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネ。

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「善き人のためのソナタ」  2006年  ドイツ

監督;フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演;ウルリッヒ・ミューエ ,マルティナ・ゲデック,セバスチャン・コッホ
2007年12月7日  DVD  自宅ごろ寝シアター

dvd 1984年東ベルリン。シュタージ(国家保安省)のヴィスラーは、反体制の疑いがある劇作家のドライマンと、恋人で女優のクリスタの監視を命じられる。盗聴器を通して、恋人たちの生活、弾圧に苦悩する芸術家たちを黙々と監視していたヴィスラーだったが…。2007年アカデミー賞外国語映画賞受賞。
一党独裁政権下の監視体制を暴くという告発的要素、国家権力vs反体制派の手に汗握る展開、そして感動的な人間ドラマが融け合った作品。
ヴィスラーは、元々「善き人」だ。自分を顧みずに、自分の信じるものに対して、誠実な人間なのだと思う。ただ職業がシュタージだが…。結婚もせず、楽しみもなく、殺風景な部屋で質素な生活をし、上司のように権力に溺れることもなく、国家のために誠実に仕事をしてきた。しかし、彼は体制の腐敗と、美しい音楽と詩、愛する者がいる生活を知ってしまった。それは彼の価値観を大きく変えたが、彼自身は何も変わらなかった。ただ自分の誠実さと良心を、疑念を持ちはじめた国家にではなく、心揺さぶられたものへと傾けていったのだと思う。
私がこの映画で一番好きなところは、言葉が重いことだ。監視体制の下では、感情や思いをそのまま伝えることはできない。監視対象になったり、ヴィスラーのような立場であれば、なおさらである。ヴィスラーのセリフは少ない、短い、感情も出さない。しかし、彼が事務的な口調で女優クリスタに「あなたは素晴らしい女優だ」、「助けられるのは私しかいない」と言う時、それは彼の精一杯の愛の告白である。この"言葉の重み"が最も響いてくるのは最後のセリフ「これは私のための本だ」。たったこれだけの言葉に、本を書いたドライマン、それを受け取ったヴィスラーの思いがどれほど詰まっているか、ずっしりと伝わってくる。
映画のなかでも描かれているが、ベルリンの壁崩壊後、旧東ドイツの国民監視に関わる公文書が情報公開された。NHKのドキュメンタリーで、家族や友人が密告者だったことを知り、ショックを受ける人々を見たことがある。逆に、クリスタのように、自分や家族を守るために、良心の呵責に苦しみながらも、密告せざるを得なかった人々もいるだろう。ヴィスラーを演じた俳優ウルリッヒ・ミューエ自身も、元妻が長年に渡って彼の行動を政府に密告していたことを知ったひとりである。監視体制はなくなっても、今もなお、人間関係に疑いを持たせ、人々を苦しめている現実がある。そうした現実を前に、監督は、監視・密告した人々の罪悪感、監視された人々の深い傷に対して、救いや希望を描きたかったのかもしれない。監督は旧西ドイツ出身だが、この映画を制作するため、調査に4年間を費やした。旧東ドイツ人からも真実味があるという評価を受けているらしい。
主演ウルリッヒ・ミューエは、本作で世界的に注目されるなか、2007年に胃がんで亡くなった。これからの活躍を楽しみにしていただけに、残念である。

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「タロットカード殺人事件」  2006年  イギリス・アメリカ

監督;ウディ・アレン
出演;スカーレット・ヨハンソン,ウディ・アレン,ヒュー・ジャックマン
2007年12月6日  Bunkamuraル・シネマ

dvd 娼婦の連続殺人が起きているロンドン。ジャーナリスト志望の女子大生サンドラがマジックショーで遭遇した元敏腕記者の幽霊から、犯人は貴族青年のピーターだとの情報を得る。サンドラと三流奇術師シドの素人探偵コンビが、スクープを狙って調査に乗り出す。
ウディ・アレンが活動拠点をNYからロンドンに移して2作目。一応サスペンスだが、ネタは幽霊からというところからして(笑)、論理的な謎解きとはまったく別の面白さがあるし、オチも平凡だ。むしろ、サスペンスという人間が慌てふためく状況、そしてサスペンスの老舗ロンドンという舞台を借りて、上質のコメディを作ってみましたという感じ。料理名にしたら、"サスペンスのコメディ仕立てアレン風ソースを添えて"かな。
登場人物のユーモア溢れる会話や、ちぐはぐなやり取りが面白い。サンドラはその場のノリで行動するし、一方のシドは小心者で、焦るほどヘマをする。そう、二人の探偵素質はど素人以下。素人目にも危なっかしくて、緊張感はまるでないのに、ハラハラどきどき感だけはヒッチコック作品に負けず劣らない。そして、英国貴族ピーターvsアメリカ人庶民代表サンドラ・シドとの噛み合わないやり取りが、また笑える。二人が大資本家の父娘を装ってピーターに近づいても、何かと庶民が滲み出てしまう可笑しさ。こうしたやり取りが、3人の立ち位置が変わりながら展開するから、なお面白い。サンドラとピーターは恋に落ちるが、となると、ピーター・サンドラvsシドになり、途端に形勢が変わる。ホントは危ないことはしたくなかったシドがひとり右往左往してしまうのである。
スカーレット・ヨハンソンに、こんなコメディエンヌとしての素質があったとは、正直、驚きだった。これまで女の色香ただよう役が多く、実際、セレブで、色っぽい女優というイメージが定着しつつあったと思う。しかし、本作では20才そこそこの普通の女の子の元気な可愛らしさや、世間知らずゆえの逞しさというか、図太さが嫌みなく出ていて、マシンガントークのアレン(シド役)と堂々と渡り合っていた。アレンも彼女のこうした魅力を引き出すために、並々ならぬ力の入れようである。流行遅れの金縁メガネをかけさせ、ニッと笑った歯には歯並び矯正ワイヤー。イトーヨーカ○ーで買ったみたいな服を着せたかと思うと、プールサイドではお母さんのお古のような、しかし男子には(多分)萌え〜な水着で登場させる。最後は、服のままずぶ濡れ。もうやりたい放題である…。
アレンの笑いは奥が深い。本作でも、笑わせながら、運命の皮肉といった人生観をさりげなく交えてしまうところが好きである。
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「緑の光線」  1985年  フランス

監督;エリック・ロメール
出演;マリー・リヴィエール,リサ・エレディア
2007年12月3日  DVD  自宅ごろ寝シアター

dvd 親友にバカンスをドタキャンされたデルフィーヌ。友人の田舎へ行くけれど、居場所がない。ひとり旅しても、ナンパな女子や男子について行けない。独りぼっちブーたれて惨めなバカンス。そんな時、日没の時に一瞬見える「緑の光線」を見ると幸せになるという話を聞く。
あたしは美人だし、ベジタリアンだし、ブンガク読んでるし、教養があると思うの。占いなんか信じるミーハーな女子とは違うのよ。自分から男に声をかけるなんてイヤ。でも寄ってくる男はセックス目当てのバカばかり。私はこんなステキ女子なのに、どうして誰も分かってくれないの〜とメソメソしてるデルフィーヌ。おねえさんとしては、甘ったれてんじゃねえっ!。と叱りたくなるが、若い頃の自分を見ているようで歯がゆい。理想とプライドで高い壁をつくり、人と上手くつきあえない自分が悪いのは分かっいるけれど、努力しても性格はすぐには変えられない。踏んだり、蹴ったりの悪あがきだ。どこにも居場所がないさみしさ、どうすればいいかもわからない所在のなさ。ロメールは、カメラをやや引きぎみに(対象物との距離感が絶妙)手持ちで構え、彼女が誰にも相手してもらえずに子どもと遊んでるところ、目的もなく歩き回ってるところ、観光客が賑わう海でひとり遊びする後ろ姿などを長回しする。具体的には言葉にできない"あの虚しさ"が、等身大でありありと甦ってきて、彼女の気持ちがもの凄ーくよく分かってしまうのだ。彼女のキャラは好きになれないんだけどね。
突然、彼女を理解してくれそうな男子が現れるのはご都合主義だが、ロメールは彼女に微かな希望の光をとても素敵な形で見せてくれる。どんなに不器用でも、望めば、幸せはきっとやってくるんだよと。映画の冒頭から、緑のカード、緑の帽子、彼女の周囲に緑の小物をチラチラと登場させており、デルフィーヌが幸せになる予兆と解釈すべきかなと思うけれど、あのラストを見てしまうと、肩ひじはらずに周りをみてごらん、探すつもりなら、君の幸せはすぐそこにあるよと、ロメールじーさんがいつも微笑みながら彼女を見ているような感じもする。
ロメールといえば恋愛映画だが、特別な恋愛ストーリーではなく、日常のなかにある"恋する人の気持ち"を突き詰めていく。デルフィーヌのように恋に恋したり、純愛もあったり、計算も打算もあったり、一つの作品のなかにさまざまな恋愛観を持つ男女を登場させ、自分の恋愛観に忠実な人々の恋の悲喜劇を、サラリと繰り広げていくのである。最初は取っつきにくいかもしれないが、何本か観ると、面白さががじわじわと分かってくる不思議な魅力の監督だと思う。

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「ローズマリーの赤ちゃん」  1968年  アメリカ

監督;ロマン・ポランスキー
出演;ミア・ファロー,ジョン・カサヴェテス
2007年12月1日  DVD  自宅ごろ寝シアター

dvd 若い夫婦がNYの古いアパートに引っ越してきた。隣人は世話好きな老夫婦。パッとしない役者だった夫が、突然、人気俳優になる一方、身ごもったローズマリーは情緒不安定に陥っていく。
悪魔がらみなので、ホラーってことになってるけど、私はサイコ・スリラーの名作だと思う。悪魔は恐くないの。何が恐いって、不安に染まっていくローズマリーが恐い。ローズマリー妊娠は客観的に見て普通じゃないが、彼女の妊娠に対する不安が、誰にでもあるマタニティ・ブルーの可能性を残しつつ描かれる。これが実に巧み。隣のおばちゃんたちが何か企んでるのは確信できる。あの執拗さは不気味だ。しかし、冒頭で、昔、アパートに子どもを生け贄にする魔族がいた、という都市伝説の伏線が張られている。彼女のなかに芽生える"悪魔に子どもが狙われる恐怖"が大きくなるほど、今度は、全てが都市伝説に影響された彼女の妄想のようにも思えてきて、企みか、妄想か、ますます分からなくなってしまうのだ。
妊娠の知識も乏しく、頼れる人もいないローズマリーは怪しいおばちゃんの言いなりで、い、いかん、そのおばちゃんを頼っちゃだめだ!と焦るし、ローズマリーが気づいた時には外堀が埋められてるし、可憐なミア・ファローは迫真の演技でゲッソリと神経をすり減らしていくしで、観ている方も、いつも不安で気持ちがざわつき、もう大変なのである。
さらに、ローズマリーの母性にやりきれない哀しさを感じてしまう。これは本作を名作にした大きな要素だと思う。子どもが危険だと確信した時から、体も心も華奢だった彼女の何処にそんな強さがあったのだろうと思うぐらい、強くなっていく。そして、どんな子であったにせよ、我が子への愛情は、自分の人生も、良心も信仰も、迷いなく飛び越え、彼女に究極の選択をさせるのだ。ローズマリーの優しい眼差しが切ない。彼女の愛情が理解できるから、よけいに哀しくなる。
ファッションやインテリアにも注目したい。単にセンスが良いというだけでなく、人物の演出手段として、よく考えられている。ローズマリーの洋服や、彼女が準備するベビー用品は、パステルカラーで可愛らしい。古いアパートを自らリフォームし、白を基調としたシンプルモダンなインテリア。幸せに満ちた新しい生活だ。一方で、隣人の家は、重厚で、クラッシック。時代錯誤でダサい。幸せで、可愛らしいローズマリーが、あんな古めかしい黒い揺りかごを揺らすなんて、だれが想像できるだろう。
2008年に「ローズマリーの赤ちゃん」リメイクの話が持ち上がったが、ボツになりそうらしい。ミア・ファローが隣のおばちゃん役だったらいいなぁ…なーんて、ひとりで想像してたんだけど。本作の典型的なおせっかいおばちゃんより、なんか凄ーく恐くなりそうなんですけど。

監督に関する小ネタ
ポランスキーは、映画以外でも話題が多い監督。「ローズマリーの赤ちゃん」制作の翌年、妊娠8ヶ月の妻シャロン・テートが、チャールズ・ジョンソンの信者によってお腹を刺されて殺害された事件は有名。本作とは関係ない狂信者による事件だと思うが、当時は、かなり話題になった。
その後、ポランスキーは少女淫行事件で逮捕され、保釈中にアメリカから国外逃亡。低迷したが、「テス」「戦場のピアニスト」などの名作をしっかり残している。「戦場のピアニスト」のアカデミー賞受賞式に出席しなかったのは、アメリカに戻れば、逃亡罪で捕まるからである…。最近では、事件が話題になることも少なくなっていたが、2008年マリーナ・ゼノビッチ監督が、ポランスキーのの少女スキャンダルを検証しなおすドキュメンタリー映画「Roman Polanski: Wanted and Desired」を発表し、事件が蒸し返されているらしい。こんな流れのなかで、「ローズマリー赤ちゃん」リメイク話も浮上したと想像するが…、ホントのところ、どうなんだろう?。

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