「夜になるまえに」  2000年  アメリカ

監督;ジュリアン・シュナーベル
出演;ハビエル・バルデム,オリヴィエ・マルティネス,アンドレア・ディ・ステファノ
2008年10月9日  三軒茶屋中央劇場

dvd キューバの作家レイナイド・アレナスの生涯を、自伝『夜になるまえに』をもとに映画化。同性愛者で作家であるため、独裁政権下で迫害を受ける。投獄、発禁、執筆も閉ざされてもなお、自由を求めて抵抗しつづけた。アメリカに亡命した後、エイズを発症し、自殺。壮絶な人生を描く。
伝記映画ってあまり観たことがないんだけど(恥)、ある人物の一生というテーマの性質上、監督・脚本のストーリーテラーとしての役割が大きくなると思う。けれど、本作は、アレナスの一生を物語るというより、彼がどんな人間だったかということに重きを置いている。そのため、どんな迫害や障害があっても、書くこと=心の自由を求めることをやめなかったというエピソードに絞りこみ、それ以外はザックリと削ぎ落とされている。ひとつひとつのシーンは、キューバらしい鮮烈な映像と詩的なナレーション・台詞で作りあげられ、心に焼き付くようなインパクトがあるが、話の流れやシークエンスは、飛んだり、つながりが悪かったり。アレナスという作家をまったく知らなかった私には、分かりにくい部分が多かった…。例えるなら、言葉は力強く、きらめいているが、まとまりが悪い散文詩のような映画。
とはいえ、アレナスを知らなかった私に彼の本を読んでみたいなと思わせるだけの力はある。彼が書き続けたのは、強さもあるけど、救いだったのかなと思う。本作を見る限りでは、独裁政権にペンを振りかざして抵抗しているわけではなく、アレナスにとっては同性愛者であり、書くことが自然で、それだけはやめることができなかったという印象を受けた。
現実とは微妙に位相がズレた感覚が入り込んでるところが面白い。極貧の悲惨な幼少時代のエピソードを、ユーモラスにテンポ良く語っていく導入部や、モーロ刑務所での女装ゲイのボンボン、美男看守とのやり取りなどである。例えばボンボン。ゲイというだけで刑務所行きの国で、堂々と女装して、お尻に原稿入れて!運び屋するゲイが本当にいるのか?…と疑いたくなるが、現実に数滴の妄想を混入させ、現実からちょっとトリップしたような不思議な感覚を生みだしている。ボンボン演じるジョニー・デップのキモ可愛い女装っぷりが、この不思議な感覚をさらに増幅させる。ちなみにジョニー・デップはボンボンと美男看守の2役を演じている。出番は少ないけど、かなりインパクトあり。
そして、主演のハビエル・バルデムの恐るべき演技力、存在感。ハビエルがいなかったら、この映画は成り立たないぐらい。わざとらしくはないのに、話し方、仕草、歩き方、男を見る目とか、細部に至るまで一般青年とは明らかに違うオーラを漂わせる。ハビエルの普通のポートレイト見ると、気障なセクシー男だが、映画に出ると豹変する。"素"をぜんぶ消せる変幻自在の俳優だと思う。

Cinema Diary Top

「最高の人生の見つけ方」  2007年  アメリカ

監督;ロブ・ライナー
出演;モーガン・フリーマン,ジャック・ニコルソン
2008年10月8日  三軒茶屋シネマ

dvd 勤勉で家庭を大切にしてきた自動車整備工のカーター。大金持ちの実業家だが孤独なエドワード。余命いくばくもない二人は同じ病室で出会い、棺桶に入るまえにやっておきたいことを書き出した。
まず、オリジナリティがない。トーマス・ヤーン『ノッキン・オン・ザ・ヘブンズ・ドア』(1997年)、イザベル・コヘット 『死ぬまでにしたい10のこと』(2002年)等とプロットが酷似している。
人は100%死ぬし、悔いのない人生なんてない。エドワードも、カーターも、先進国の平均寿命より少し短いかもしれないけど、60才ぐらいまで生きて、一方は良い家族を築き、一方は仕事で大成功した。やり残したことを数え上げたらキリがないのは、誰もが同じ。良い人生をおくってきたと思う。『ノッキン・オン・ザ・ヘブンズ・ドア』や『死ぬまでにしたい10のこと』の主人公のように、20〜30代で人生を絶たれた人とは違う。その良い人生を、ありあまるお金と偶然の出会いによって最高に素晴らしい人生にしたという夢のようなお話。2人があまりにも幸運に恵まれすぎていて、現実味がなく、良かったねという以上の感情がわいてこない。
内容も薄っぺらい。死を悲観せずに、ポジティブに生きて、悔いのない人生にしようぜ!ということが言いたいのかもしれないが、とりあえず自分は死なないと思っている楽天的人間が考えつきそうな「感動」物語であって、死に直面した人の心情を真面目に考えていないような気がする。例えば、『ノッキン・オン・ザ・ヘブンズ・ドア』も、本作以上に非現実的な物語だが、主人公の無念や、悲しみにまだ寄りそっている。余命を宣告されれば、健康な人が想像できないような苦しみ、悲しみ、葛藤があると思う。"悔いのない人生を"と思うにしても、そう思えるまでに、どれだけ悩なばければならないのだろう。そこはスルーして、自家用ジェット機で世界旅行したり、ケンカ別れした家族と再会したり、映画的「感動」を盛り上げられても、感動どころか、軽く怒りさえ覚えてしまったよ。今、たまたまだけど、E・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間 死とその過程について』(中公文庫)という本を読んでいる。不治の病の末期患者と接してきた心理学者が、膨大なインタビュー記録を紹介しながら、死に直面した人の心理を綴った本である。こういう本を読んでみると、本作はやっぱり能天気に思えてしまう。
キャストは勤勉実直、苦労人役のモーガン・フリーマン、ひねくれ不良じじぃ役のジャック・ニコルソン。申し分ない最強コンビだが、内容が薄っぺらいと、演技もちょいちょいやってるように見えてしまうから不思議だ。
とはいっても、世間的には評判が良いので、私が感動できなかったのは、ただ単に心が汚れているだけかもしれないな。

Cinema Diary Top

「幻影師アイゼンハイム」  2006年  チェコ=アメリカ

監督;ニール・バーガー
出演;エドワード・ノートン,ジェシカ・ピール,ポール・ジアマッティ
2008年10月9日  三軒茶屋中央劇場

dvd 19世紀末ウィーンでは、奇術(イリュージョン)が流行っていた。人気奇術師アイゼンハイムは、舞台を見に来た皇太子の婚約者ソフィーと出会う。少年時代、ソフィと恋に落ちたが、身分違いから引き裂かれた過去があった。
奇術って、実際は"種"があって論理的に組み立てられているが、知らない人には魔法のように見える。まさにそんな作品。種も仕掛けもある物語なのだが、世紀末という舞台設定や、アイゼンハイムの怪しげな奇術によって、幻想的でロマンティックな世界が展開される。映像も美しい。光量が抑え気味でやや暗め、オレンジ味が強く、重厚感がある。時代の変わり目の怪しげで、不透明な空気まで感じさせる。
ミステリとしては、もの足りない。アイゼンハイムが一世一代のトリックで世間も観客も欺く。この手のミステリが面白いのは、最後の種が明かされるまで、観客が騙されていることにすら気付かないからである。"種"が分かった時点で、魔法ではなくなり、たちまち色褪せる。本作でいちばんマズイのは予告でネタバレしていることだが、予告を見なかったとしても、トリック自体が古典的で使い古されているし、伏線(「私を消して!」)も分かりやい。私は"種"が仕掛けられた時点で結末が推測できたし、おそらく天才マジシャン山田奈緒子が出るまでもなく、日本科技大の上田でさえまるっとお見通すであろう…(意味不明の人はドラマ「トリック」を参照(^^ゞ)。ついでに言うと、ラストシーンも安直で、ラブストーリーとしても陳腐になってしまったような気がする。
とは言っても、娯楽作として、そこそこ楽しめる。物語の面白さより、アイゼンハイムという人物の魅力で映画全体を引っ張っていく感じ。過去が謎めいていて、影があり、繊細で知的なイケメン奇術師。そのアイゼンハイムの魅力は、俳優エドワード・ノートンによってつくり出されている。彼は、代表作『ファイト・クラブ』(監督:デヴィット・フィンチャー、1999年)などからも分かるが、繊細さと強さを併せ持つような複雑な人物像をつくりあげるのが非常に巧く、良い意味で、人を喰ったようなすっとぼけた演技をする。また、ポール・ジアマッティ演じる刑事も魅力的だった。皇太子を護る立場なのに、奇術好きで、似ている境遇のアイゼンハイムに魅せられていく。控えめで、人間味が滲み出ていた。
私は、久しぶりにノートン様を見られただけで、満足。お髭も似合ってましたわ(^^)。

Cinema Diary Top