「海の沈黙」  1947年  フランス

監督;ジャン=ピエール・メルヴィル
出演; ニコル・ステファーヌ,ジャン=マリ・ロヴァン,ハワード・ヴェルノン
2010年3月6日  岩波ホール

dvd 1941年ドイツ占領下のフランス。老人と姪が暮らす家に、ドイツ人将校ヴェルナーが同居することになった。ヴェルナーはフランス文化への憧れ、ドイツとフランスの理想的結婚を毎晩のように語るが、老人と姪はまるで彼がいないかのように、無視し、沈黙しつづけた。それが二人のドイツに対する抵抗だった。原作はヴェルコール、レジスタンス文学の名作。
侵略者に対して屈するのでも、罵るでもなく、無視するという方法で抵抗を貫く老人と姪は誇り高く、このような屈辱をうけながらも、心を開こうと、ふたりに敬意を払って語りつづけるヴェルナーも立派で良心ある人間である。戦争は、こういう人々ほど傷つけ苦しめる。
演出の細やかさが光る。ヴェルナーが一方的に話しかけるだけだが、姪の横顔、口元、編み物をする指先の微かな動き…そんな繊細なところから、彼らがしだいにヴェルナーの話に耳を傾けていく心の変化が読み取れてしまう。そしてヴェルナーがドイツのフランスに対する卑劣な行為を知って別れを告げる時、ふたりが彼をとうに受け入れていたことに気づかされる。姪の肩にかけられているスカーフには手と手を取り合う図柄、彼女のヴェルナーをまっすぐに見上げる瞳、長き沈黙を破る「アデュー」というたった一言、老人が別れの朝にが用意したアナトールの本「罪深き命令に従わぬ兵士は素晴らしい」という一節…。たとえ言葉を交わさなくとも、傷つき絶望するヴェルナーに対する海のように深い人間愛をひしひしと感じずにはいられない。
またアンリ・ドカ(ドカエと表記されることもある)の映像が繊細な演出に見事に応えている。たぶんフランスで最も名の知れたカメラマンで、代表作は『大人は判ってくれない』『死刑台のエレベーター』『太陽がいっぱい』など。本作が撮影監督デビュー作である。彼の映像は静謐な詩のようで美しい。本作では、ほとんどが狭い室内シーンだが、全体のトーンをかなり暗くして暖炉の炎のゆらめきなどの光の使い方や、カメラ位置の高低を非常に工夫して、登場人物達の微妙な表情や視線の先を鋭く捉えていく。また数少ない外のシーンでは、一転して、陽光をたっぷりと取り入れるので、狭い部屋でだまって顔をつき合わせている人物たちの開放感を感じさせる。場所の移動がとぼしい室内劇で、ズームもパンもないけれど、映像がまったく単調にならず、それどころか会話なき人物たちの心境を語るような映像を見せてくれる。素晴らしい。

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