「霧の中の風景」  1988年  ギリシャ・フランス・イタリア

監督;テオ・アンゲロプロス
出演;タニア・パライオログウ,ミカリス・ゼーケ,ストラス。ジョルジョログウ
2010年10月31日  早稲田松竹

dvd12才の少女と5才の弟がアテネからドイツへ父を探す旅に出る。しかし、姉弟は父に会ったことがなく、母からドイツにいると聞かされているだけだった。
物語が始まってすぐに父がドイツにいるというのは母が子供たちについていた嘘であることが明らかになる。従って姉弟に旅の終着地はなく、父に会いたいというその何の根拠もない、ぼんやりとした希望だけが彼らにあてどない辛い旅を続けさせる。この"寄る辺なさ"はテオ・アンゲロプロス作品の特徴であり、出身地ギリシャの現代史や政治と重ね合わせて語られることが多い。しかしこの作品ではそれが後退していて(全く描かれてないわけではない)、純粋に寄る辺なさから溢れ出る悲しい物語が紡がれていく。
過酷な旅は、嫌でも姉弟を大人にさせる。大人になることは、純粋な瞳を汚しながら自分たちが生きるための秩序を作っていくこと。「混沌から光と闇がわかれ、大地と海がわかれ、湖と山があらわれ、山や木が出てくる」ように、何も見えない霧の中に自分たちの風景を見つけていく旅。この監督独特の長回しロングショットは、より一層姉弟を突き放すような冷たさ、残酷さを感じさせる。しかし、降りしきる雪のなかの止まった時間、瀕死の馬と逃げ出す花嫁、巨大な工場群、海から引き揚げられる行く先を示せない巨大な手…時折挿まれる幻想的映像が物語に悲現実性を与える。おとぎ話として捉えるのなら、悲しい結末にも救いを感じることができる。姉弟がたどり着いたところは、ドイツでもなく、現実世界ですらないのだろう。
また本作では、サイドストーリーとして『旅芸人の記録』その後が描かれている。1940年代から50年代初頭、時代に翻弄され、迫害されながら古典劇羊飼いゴルフォを唯一の演目としてきた旅芸人たち。本作では、上演できる劇場は見つからず、衣装を売りに出し、劇団の若手俳優オレステスは兵役へと赴く。ギリシャのナショナル・アイデンティティの象徴として描かれていた旅芸人たちもついには時代の変化のなかで崩壊へと向かっていく。
私はアンゲロプロスの悲観主義が嫌いじゃない。生きることに残酷さは必ずつきまとう。映画小説のような救いがないことだって珍しくないさ。

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「エル・トポ」  1970年  メキシコ

監督;アレハンドロ・ホドロフスキー
出演;アレハンドロ・ホドロフスキー,ブロンティス・ホドロフスキー
2010年10月1日  ヒューマントラストシネマ渋谷

dvd 砂漠を放浪するガンマン、エル・トポ。女にそそのかされて、特殊能力を持つ最強のガンマンたちを卑怯な手で次々殺していくが、女に裏切られ、死にかける。しかし、20年後、フリークスたちが住む洞窟のなかで目覚め、彼らを救うために町へ出られるトンネルを掘りはじめた。菊池寛『恩讐の彼方に』が原案と言われる。
カルト映画永遠の第1位かもしんない。こんな映画2度と出ないと思うから。まれに良い・悪い、好き・嫌いとか、そんな評価を拒絶して、凄いとしかいいようのない作品に出会う。そうした作品のひとつ。
殺人、暴力、むき出しの性欲、子捨て、裏切り、マイノリティに対する迫害…出てくる人間すべて底なしの退廃ぶり。荒唐無稽で、寓話的な展開。DVDジャケットのような前衛絵画のような美しい映像に目を奪われた次の瞬間には、内蔵が飛び出た本物の動物死体がゴロゴロとばらまかれ、死臭まで漂ってきそうな惨殺シーン、タブー破りの映像の連続。目眩がするような音楽。前半、何なんだこれは…と、あっけにとられていると、急に宗教的な目覚めと崇高な結末へと導かれていく。人間の醜さと美しさ、背徳と信仰、ばかばかしさと神聖さが混然一体となった奇跡のような映画
どんなに話がぶっ飛んでも、最初から最後まで"人生の虚しさ"という芯が貫かれている。エル・トポとはモグラの意味であり、冒頭で「モグラは光を求めて土を掘るが、太陽を見た瞬間に失明する」(正確にはおぼえていない)というナレーションが入る。エル・トポの人生はまさにこの冒頭の言葉に尽きる。欲望の赴くままに生き最強ガンマンを撃ち殺しても、改心してトンネルを掘っても何一つ報われなかった。そこにあるのは破滅なのかもしれなくても、ひたすら暗い地中で土を掘り続けるしかない、人生ってそんなものなのかも。
こういう映画を嫌悪する人がいることは理解できる。批判することも簡単だ。私も決してオススメはしないけど、勇気を持って真面目に見るのなら、何かを感じ取ることができる映画だと思う。グロとか変態とか残虐シーンを見せるだけのカルト映画ではないことだけは付け加えておきたい。

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「ミックマック」  2010年  フランス

監督;ジャン・ピエール・ジュネ
出演;ダニー・ブーン,アンドレ・デュソリエ,ニコラ・マリエ,他
2010年10月11日  恵比寿ガーデンシネマプレイス

dvd ビデオショップで働くバジルは銃撃事件に巻き込まれる。一命を取り留めたものの頭のなかには流れ弾が残り、仕事も家も失ってしまう。彼の父親も地雷で命を落としていた。そんな彼に救いの手をさしのべたのはスクラップの家に住む奇妙な特技を持った7人。アイディアと特技、廃品で、武器製造会社に復讐に挑む!。ミックマックはいたずらの意味。
代表作は『デリカ・テッセン』、『ロストチルドレン』、『アメリ』。毒っ気と幸福が絶妙に混じり合ったファンタジー世界、レトロフューチャー的映像、そして愛すべき奇人たち。その人にしか作れない独自の世界がある監督って好きだ。
武器製造会社という巨大な悪に対して、社会からはじき出された人々が、ユーモアあふれる悪戯でおちょくり、ついには窮地に陥れる。痛快。最新鋭ハイテク技術の企業にを超ローテクな装置であたふたさせるところも皮肉が効いていている。武器には武器ではなく、正義でもなくて、ユーモア(とYouTube・笑)。とはいっても、笑えるだけのコメディでもない。バジルが復讐する相手が、自分に流れ弾を放った人ではなく、その弾を作った武器製造会社というところに、監督の思いを読み取ることができる。人を殺す道具で金儲けすることが許せないのだろう。
ちょこちょこ映画ネタが出てくるのもまた楽しい。冒頭は「三つ数えろ」。空港で「俺と話してるのか?」(「タクシー・ドライバー」)。「デリカテッセン」を彷彿させる1ショット。あと「用心棒」がヒントになっていて、メンバー7人という人数は「七人の侍」に敬意を払っているとのこと(どこかで読んだ監督インタビュー)。なるほどねぇ。。。

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