未来世紀ブラジル

原題;「Brazil」 1985年 イギリス
監督;テリー・ギリアム
出演;ジョナサン・プライス、キム・グライスト、ロバート・デ・ニーロ

テリー・ギリアムのSFは怖い。現代社会の延長として、たどり着きそうな未来図なのだ。近未来を描いているようで、実は、現代社会に対する批判的メッセージを放っている。

未来世紀ブラジル」の舞台は、情報省によって個人情報が徹底的に管理された社会。そうした社会では人々は保身的で、関心は自分の身の周りだけ。女は美容整形に、男は決められた仕事をキッチリこなし、昇進することだけに専念する。テロリストがレストランを爆破して人が死んでも、その隣で平然と食事が出来る。会話も自分の事を一方的に話すばかりで、会話として成り立っていない。サム(ジョナサン・プライス)の母親も友人も自分の価値観でしかサムを見ていないし、サムの話は全く聞いていない。サムとジル(キム・グライスト)を除けば、他人への共感が全くないのだ。こんな押しつぶされそうな管理社会のなかで、情報省の下っ端役人サムが自由になれるのは、夜寝ている時、夢のなかだけ。彼は翼で空を自由に飛び、とらわれの美女を悪いヤツから救いだそうとしている。
情報検索局(Information Retrieval)は、タイプミスで善良な市民をテロリストとして処刑してしまう。しかし、役人には良心の欠片も罪の意識もない。重要なのは、ミスを隠し通すこと。そのために、誤認逮捕の事実を知るジルまでも犯罪者として消そうとする。夢に出てくる美女そっくりのジルに恋をしたサムのなかで、夢と現実が交錯しはじめる。サムは、現実でも彼女を助ける夢を追い求めてしまう。しかし、管理社会では、人間として本来抑えることはできない自由や夢を追いかける事は、とても危険な事なのだ。たどり着く先は、悲劇でしかない。サムの友人は、友情より職務に忠実で、笑顔でサムを廃人にできる。管理社会と人間関係の希薄さにゾッとする。このラストは、「カッコーの巣の上で」を思い起こさせるが、テリー・ギリアムの怖いところは、この悲劇をやけに明るい音楽「ブラジル」に乗せて描いてしまうところだ。強烈な皮肉。ちょっとズレるかもしれないが、いつもニコニコした顔で、相手をほめちぎりながら嫌みを言う上司がいたが、これは、怒鳴られるより怖った。未来世紀ブラジルもそんな感じ。
特筆すべきは、愛嬌あるダクト職人、実はテロリストのタトルを演じたロバート・デ・ニーロ。ちょい役なのに、他を圧倒する存在感。私が観たデ・ニーロのなかでは、この役が一番好き。

小ネタ好きの私としては、細部にも目を奪われる。例えば、妙な小道具。一人乗り用の自動車、至るところからぶら下がるダクト、ダクト、ダクト… タイプライター式PC?端末機、気送管の書類…。古くささと先端が混在する、雑然とした近未来。しかし、考えてみると、実際の未来もこんなものかとも思う。時代はデジタルには変化しないのだから。もう一つ、どうでもいい小ネタを挙げると、情報省の役人が夢中になって観ている古い映画は「カサブランカ」。サムは上司に「君(の瞳)に乾杯」と映画のなかの名セリフを言って、部屋を出る。なかなか洒落ている。

住基ネットが始まった時に思い浮かんだのが、この映画だった。住基ネットって、未来世紀ブラジルみたいだなと。国家に何もかも管理される時代は、すぐそこまで忍び寄っているのかなと。チャンチャンチャン、チャンチャランチャン、チャ〜ラ〜〜♪(知ってる人だけ歌ってください…笑)。

ギリアムは才能があるのに、なぜか恵まれていない。未来世紀ブラジルも、撮影、公開まで紆余曲折だった(この経緯は、DVDについているパンフレットに詳しい)。最近では、久しぶりのテリー・ギリアム自身による企画、「ドン・キ・ホーテを殺した男」が6日で撮影中止に追い込まれたことが話題となった。しかし、転んでもタダでは起きないところがギリアムらしい。その制作されなかった映画のメイキング・フィルムが「ロスト・イン・ラマンチャ」として映画公開。制作されなかった映画のメイキングなんて前代未聞…、しかもそこそこヒットしている。私は観ていないが、面白いらしい。映画雑誌で、ウディ・アレンが、制作中止になった映画のメイキングがこんなに面白いなんて、監督しては複雑な心境。とコメントしていた。

私が、テリー・ギリアムの映画を初めて観たのは中学生の時、「バンデッドQ」だった。私の田舎だけかもしれないが、角川のアニメ映画「幻魔大戦」の同時上映だった。アニメオタクだった私は、「バンデッド」?はぁ?という感じだったのだが、この「バンデッドQ」が、「幻魔大戦」より面白かった(日本公開バージョンはオリジナルから相当カットされていたようですが)。「幻魔大戦」は全然思い出せないが、「バンデッドQ」は大人になっても思い出せる。これがテリー・ギリアム監督だと知ったのは、「未来世紀ブラジル」を観て、だいぶ経った後。そうか〜、テリー・ギリアムだったのか〜、面白いはずだよと一人で納得してしまった。
最近、「バンデッドQ」もDVDで見直したが、かなりブラック・ユーモアが効いていて驚いた。「神が創った世界が不完全」という設定からして、キリスト教圏の人たちにとって最強のブラックなんじゃないかと思う。中学生の私に、そのユーモアセンスが理解できていたとはとても思えないのだが、面白い映画は、その面白さが子供なりに解るんだなと思いました。

2004.2

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