ピクニック

原題;「Une Partie de Campagne」 1936年 フランス
監督;ジャン・ルノワール
助監督;ジャック・ベッケル,ルキノ・ヴィスコンティ,アンリ・カルティエ=ブレッソン他 
出演;シルヴィア・バタイユ,ジョルジュ・サン=サース,ジャック・B・ブリニュウス

モノクロ映画。モーパッサン『野あそび』が原作。1860年のある日、パリのデュフェール一家は、郊外へピクニックに出かけた。昼食後、デュフェール夫人と娘のアンリエットは、二人の青年に誘われ、ボートで川遊びへ。

補足しておくと、未完の作である。1936年夏に撮影が開始された。しかし、天候に恵まれず撮影は遅れに遅れ、ルノワールが次回作撮影とのスケジュール調整ができなくなり、未完となった。戦後、同作品のプロデューサーであったピエール・ブロンベルジェが、未完フィルムを編集して40分の短編として甦えらせた。
未完とはいえ、ルノワールの魅力豊かな作品だ。ルノワール作品の根底あるのは、一つは、階級・身分、伝統的価値観、社会的制約などの型に縛られない人間本来の自由奔放な姿だ。どの作品も、登場人物はキラキラした生命の躍動感で彩られ、"生きること"、"恋すること"を謳歌する。それは"自然主義者"であったルノワールが理想とした人間像だとも思う。もう一つは、人生の縮図である。ルノワールの映画には喜劇と悲劇、幸福と不幸が分かちがたく混在する。映画で描かれるのは、人生の一断面に過ぎないが、そこに人生の悲喜劇が凝縮される。『ピクニック』でも短いフィルム、たった一時の夏の恋が、アンリエットの人生の全てを物語る。

アンリエットはプチブルジョアの娘で、品良く育てられ、親の決めた婚約に何の疑問も持っていない。しかし、自然なかに身を委ねていると、そうしたアンリエットを無意識のうちに縛っていたものが緩んでくる。「快い欲望がこみ上げてくるの」。なんて甘美で、官能的なセリフなんだろう。そして、レストランで食事していた青年が窓を開けると、きらめく初夏の光のなかで開放的になったアンリエットがブランコを漕いでいる。私はこのシーンが大好きで、繰り返し観てしまう。恋のはじまりを予感させる素敵なシーンだ。
しかし、甘美な恋物語は急転する。青年に抱かれたアンリエットに涙が光る。木々が風に揺らぎ、空に暗い雲が覆いはじめる。それはアンリエットの人生の転換の暗喩でもある。アンリエットの涙は、何を意味しているのだろう?。解釈は人それぞれだが、私は、アンリエットが自分の人生を悟ってしまった悲しみのように思えた。アンリエットの婚約者はどこから見てもダメ男で、幸せなれるとは思えない。彼女は、自然に湧き出でてくる感情のままに恋をする喜びを知り、親が決めた結婚や、安定してるけれどレールが敷かれた人生が、いかに虚しいかが見えてしまったのだ。しかし、ピクニックから帰れば、その人生が待っている。
ルノワールは、セリフなし、ほんの数カットで、"きらめく恋"から"人生の失敗"へガラッと映画の雰囲気を変えてしまう。あざやかな技だと思う。ルノワールはこうした手腕を『ゲームの規則』等でもいかんなく発揮している。技巧より、型破りで、自由気ままに映画を撮る監督というイメージが強い。それは彼が商業的成功とは無縁なところで自分の撮りたい作品を撮っていたことや、ヌーヴェル・バーグの若手監督たちが、彼の自由な作風を神様のようにヨイショしたからだと想像するが、ストーリーの展開、個性的人物像、複雑な人間関係の描き方(人間関係をやたら複雑にするが、きちんと捌いてしまう)、画面の構成力などは、単なる型破りだけではできない計算と技があると思う。
この作品は、数年後、アンリエットが思い出の場所でピクニックをするシーンで終わる。アンリエットは夫をボートに乗せ、自らオールを握って漕いでいく。誰も何も語らなくても、それだけでアンリエットが幸福でないことが分かる。あの青年のように、逞しくボートを漕いでくれる人は、アンリエットの隣にいないのだから。あの一時の恋を思い出に、彼女はずっとずっと生きていくのだろう…。

この映画に関わった人々にも注目。助監督に、ジャック・ベッケル、ルキノ・ヴィスコンティ、アンリ・カルティエ=ブレッソン。次世代の映画を背負っていく監督、写真家である。さらにアンリエット役のシルヴィア・バタイユ。当時、思想家、作家でもあるジョルジュ・バタイユの妻であった。DVD付録の解説を読むと、ロケ地にバタイユやその友人達も足繁く通ったらしい。当時のフランスの最先端を走る人たちが集っていたことになる。凄い撮影現場だよ…。最近、アンリ・カルティエ=ブレッソンのドキュメンタリー映画が公開された。
最後に監督ルノワールのことをちょこっと。よく知られているように、彼は画家オーギュスト・ルノワールの息子である。父が描いた子供の頃のジャン・ルノワールの肖像を数枚見たことがある。父親の愛情いっぱいのまなざしが感じられる絵ばかり。印象派とか絵画の技術云々を超えた感動が伝わってくる。

2006.9.30

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