カイロの紫のバラ

原題;「The Purple Rose of Cairo」 1985年 アメリカ
監督;ウディ・アレン 
出演;ミア・ファロー、ジェフ・ダニエルズ

ウディ・アレンの映画は、熱狂的に好きな人もいるけど、苦手な人も多い。彼独特の毒を含んだ笑い、知識人や上流階級、権威を徹底して皮肉るギャグが、日本人にはキツすぎるのだと思う。しかし、この作品は、毒のある笑いが抑えられていて、ウディ・アレンは苦手だけど、この映画は好きという人も多い。
私は好きな監督のひとり。彼の映画の主人公は、性格がだいたい決まってる。自意識過剰で、虚栄心が強くて、でも、本当は臆病で、小心者。私、格好いいヒーローより、こういう、しみったれたキャラにたまらなくそそられます(笑)。アレン自身がこういう役柄を演じることが多いのですが、またピッタリとはまるんです、これが。アレンが本当に権威に媚びていないところにも好感が持てる。アカデミー賞に何度もノミネートされながら一度も授賞式に出たことがないのは有名な話。

1935年、大恐慌後のアメリカが舞台。主人公シシリア(ミア・ファロー)は不幸な主婦。映画だけが辛い現実を忘れさせてくれる。ある日、映画のなかのトム(ジェフ・ダニエルズ)が、シシリアに恋をして、スクリーンから抜け出してくる。一方、トムを演じた俳優のギル(ジェフ・ダニエルズ)も、トムを映画のなかに戻すために躍起になって、彼女に近づく。優しいけど、どこか軽薄な感じがする虚構の人物トムと、裏があるけど魅力的な現実の人間ギルの間でシシリアは揺れ動く。夢のような時間。
この映画の魅力は、まず楽しい。ギルとシシリアがウクレレを弾くシーン、トムとシシリアがスクリーンのなかに入っていってダンスするシーンは、本当に楽しそうで、幸せな気持ちになれる(ここで既にアレンの罠にはまっていることに後で気付かされるのですが)。そして、アレンらしいユーモアもちりばめられている。トムが抜け出した後、スクリーンに残された出演者が映画が続けられないと困り果てたり、トムがシシリアにキスした後、「なぜ、フェードアウトにならないんだろう」とつぶやいたり。思わずクスッと笑ってしまう。
しかし、見方を変えると、アレンはこんな小ネタのなかにも、”現実と虚構の越えられない溝の深さ”を見せつけており、そして、ラストで観客にこのことをハッキリと悟らせる。
シシリアは現実のギルを選び、トムは映画のなかへ。しかし、ギルは目的を果すと、彼女を裏切り、一人でハリウッドへと旅立つ。シシリアが現実世界に憧れるトムに言ったセリフ「現実は汚いのよ」。その自分の言葉通り、現実に裏切られるのである。泣きながらフレッド&ジンジャーの映画「トップ・ハット」(1935年)を観るシシリア。しかし、スクリーンを見つめるシシリアの目はしだいに輝き、泣き顔が微かなほほえみへ変っていく。このラストは、映画史上に残る名シーンといっても過言ではない。
観客はラストで、自分たちもまたシシリアと同じ立場にあることに気がつかされる。彼女と同じように、現実のなかで生きていかなければならない、映画の主人公にはなれないし、人生も思い通りにいかないかもしれない、でも、現に、映画を見ていたこの時間は幸せな気持ちで、現実を忘れていたと。そして、虚構の世界、決して手の届かない世界だけど、映画って本当にいいな、と素直に思えてくる。

アレンは音楽のセンスもいい。この映画で使われているのは「トップ・ハット」(1935年)の「cheek to cheek」。シネマ・クラブのMさんから教えていただいたのですが、「cheek to cheek」がモノラル録音のため、この音楽を使うために「カイロ…」もモノラルで撮ったとのこと。メロディも良いですが、歌詞もいい。監督が、そこまでこだわった理由も分るような気がします。

2004.2

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