SMOKE

原題;「SMOKE」 1995年 アメリカ=日本
監督;ウェイン・ワン
出演;ハーベイ・カイテル,ウィリアム・ハート

私は気に入っている映画だが、まだ公開されて10年ぐらいしか経っていないのに、ほとんど話題にされなくなった。ちょっぴり寂しいのでレビューを書いてみようと思った。が、書き始めて分った。この複雑な味わいは、私の文章力では伝わらない…。

まず物語の構成が凝っている。ブルックリンの煙草屋の店主オーギー、オーギーの常連客で、妻を亡くして以来スランプに陥っている小説家のポール、ポールの命の恩人、黒人の少年ラシード、ラシードを捨てた父サイラス、オーギーを捨てた元恋人のルビー。5人は少しだけ人生に挫折している。この5人それぞれの人生が語られるが、共通するキーワードは「嘘」だと思う。とはいえ、オムニバスともちょっと違う(共通したテーマ・設定で、独立性の高いいくつかの短編を合わせて、一つの作品に纏める形式)。『SMOKE』の場合、1人の人生の物語に他の4人が直接・間接的に関係しており、5色の糸で織り上げられる織物のように全体を構成する。誰の物語が欠けてもいけない。映画が成り立たなくなってしまう。しかも、5人のそれぞれの物語は、独立した話としても感動的だ。映画の組み立て方の新しさと、ストーリーの素晴らしさが見事に両立した作品だと思う。
見終わった後で、煙草の煙のような、じんわりとした感動が広がる。都会の片隅でごく普通に生活している人々、ひとりひとりの人生の物語の小さな感動が集まって、それが解け合って大きな感動になる。私たちは誰もが必ずそれぞれ人生の物語を持っている。人と人が関わり合えば、誰でも必ず他の誰かの人生の物語の欠かせない登場人物になる。その繋がりは無限に繋がっていく。そんな人生の物語のリレーを5人のなかに閉じこめたような作品になっていると思う。淀川長治はこの映画を「人生の回転扉がキラキラ回る」と評したが、上手い表現だなぁと思った。

物語の要になっているのは、煙草屋のオーギーと作家ポール。オーギーは毎日同じ時間、同じ場所で写真を撮ることを日課にしている。毎日変らないようだけど、ちょっとづつ移ろっていく都会の姿をアルバムにまとめていた。ポールがそのアルバムのなかに、亡くなった妻を見つけるところから物語が展開する。そして、2人の友情を軸に、その他の3人の物語も展開する。最終章「オーギー」のところで、日課をはじめたきっかけがポールに小説のネタを提供するという形で打ち明けられ、映画は最高に素敵な嘘の物語で締めくくられる。感動的なのはエンドロールだ。最後の最後まで観てほしい。しゃがれた声で独特の歌い方をするトム・ウェイツ「Innocent When You Dream」が、エンドロールの映像によく合っている。
登場人物達は必ずと言っていいぐらいタバコを吸っている。しかも、すごーく、うまそうに。気まずい時や楽しく語りあっている時、泣き出しそうな時、…タバコを一服吸う「間」がとても良い。台詞がなくても、互いに向かい合って煙草をただ一息吸う、それだけで登場人物の気持ちや友情が滲みでてくる。私は煙草が苦手だが、この登場人物たちの煙草は本当に良い味を出してるなぁと思う。
私は映画のなかで作家のポールが語る小話が好きだ。ストーリーにさりげなく関わっていて、でも、これもまた独立した話としてちょっぴり感動できる話。タバコの煙の重さを測る話はこの映画のオープニングにふさわしいし、雪山で自分より若い父と対面する話、作家が長年にわたって書き上げた原稿にタバコを巻いて吸ってしまった話、映画のなかに挿入される本当に小さい話なのに、記憶に残る。

今年の正月に、久しぶりにDVDで観たのだが、映画の冒頭に貿易センタービルの写ったカットが入っていて、ちょっと驚いた。その後も、物語りの合間に同じカットが挟まれている。まるで、この映画自体がオーギーのアルバムのようだ。
『SMOKE』の続編で『ブルー・イン・ザ・フェイス』という映画があるらしいのだが、これは観ていない。私の好きな監督ジム・ジャームッシュが出演してるというじゃないか…。ちょっと気になるところ。

2004.3

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