惑星ソラリス

原題;「Солярис」 1972年 旧ソ連
監督;アンドレイ・タルコフスキー
出演;ドナタス・バニオニス、ナタリー・ボンダルチュク

惑星ソラリスは、強い意思を持つ生命体のような惑星。理性を持った有機体の海におおわれおり、人間の潜在意識を読み取り、それを実体化してしまう。科学者たちはソラリスの謎を科学的に解明しようとするが、ソラリスがつくりだす"実体"に混乱する。

スタニスラフ・レム「ソラリスの陽の下に」を原作にしているが、監督自身の思想が強く反映された映画だと思う。世界は観念によって創られ存在し、観念が生みだすものは美しい。つまり、社会主義とその根底にある思想、唯物論(世界や存在の根拠を物質に求める)批判である。旧ソ連の映画であり、タルコフスキーが亡命していることからも想像できる。

このテーマは、作品のなかに、折り重なるように、繰り返しあらわれてくる。ソラリスは、科学者クリスの潜在意識から10年も前に自殺した妻ハリーを実体化する。クリスは、最初は"幻"のハリーを拒否するが、クリスの意識にハリーがいる限り、何度でも甦る。クリスは、本物のハリーとうまくいっていなかった。自殺の原因はたぶんクリスにあるのだろう。自殺はクリスに対する復讐にしか思えないから。しかし、クリスの潜在意識からあらわれたハリーは、彼を恨んでいない。一途に愛している。まるで、ソラリスが彼の罪の意識を感じ取り、罪を償うための存在としてのハリーを創りだしたように思えてくる。一方でハリーは、意識から実体化した自分自身の「存在」に疑問を持ち、苦しむ。しかし、クリスが次第に、彼女を受け入れ、愛するようになるほど、ハリーに複雑な感情が芽生え、確かな存在になっていく。図書館で、ハリーがその思いを語るセリフは、詩のようで深い。私はこのシーンが好きだ。彼の母の存在も同様である。現実では冷たい眼差しを向けているだけだが、彼の脳波とソラリスが接点を持ったとき、彼が見た夢のなかの母は愛情深く優しく語りかけてくる。
そして、ラストでこのテーマは、最も衝撃的な形で、あらわれる。ソラリスが、クリスの脳波から新しい「世界」創りだす。クリスの意識=神の暗喩であろうか?。クリスによって創られた「世界」は、懐かしく、美しい故郷だ。よく知られていることだが、タルコフスキーの作品ではが、あらゆる生命を生み出す源として象徴的に描かれる。ソラリスの海が、人間の観念から作り出す世界は、拒否する者には精神を混乱させる存在でしかないが、受け入れる者には美しく、安らかで、限りなく愛おしい。さらに、こうした重要なシーンで、バッハ「イエスよ、私は主の名前を呼ぶ」が流れるのにも、何か意図があるように思えてしまう。
この「惑星ソラリス」で追求されたテーマは、ちょっと形を変えて「ストーカー」(ロシア語で案内人という意味と聞いたことがある…怪しい知識)にもあらわれている。「ストーカー」では、観念を実現させる空間として「ゾーン」の小部屋がある。この映画のラストも、私には衝撃であった。

「惑星ソラリス」を初めて観たのは、大学1年だった。その前日、徹夜でレポートを書いて睡眠不足で、おそろしいことにタルコフスキーという名前も、どんな監督かも知らないまま、観に行った。……ううう。ぜんぜん、わかんねぇ、睡魔が襲ってくる。カットは長回しで、おそろしくスローだ。眠くない人でも、眠くなる。未来都市のイメージとして、東京の首都高速の映像が使われているのだが、そのあたりで、ついに陥落。気がつくと、前半が終わるところだった…(泣)。しかし、後半ではセリフ一語、主人公の目線一つ、すべて意味があるように思えてきて、気がついたら、眠気がふっとんでいた。その5,6年後、劇場で再び観る機会があった。やっと空白の部分が判明したのだった。

タルコフスキーの「惑星ソラリス」、「ストーカー」は、何回でも観たいと思う映画だ。「ソラリス」DVDリマスター版5800円が出ると、即購入した。しかし特典映像に日本語字幕がない。販売直後に映像が途中でストップするというトラブルがあり、回収騒ぎが起きた(現在販売されているものは、問題がないようです)。これで5800円は高い、高すぎるぞ!。DVDのコピーは「宇宙SF映画の頂点」って…オイ。タルコフスキーの格調を激しく落としてるし…。
DVDでショックだったのは、特典映像でのナタリー・ボンダルチュク。あの可憐なハリーが、ハリーが。。。(あとは、想像にお任せします)。近年、ソダーバーグがリメイクしたようですが、こちらはまだ観ていません。

2004.2

Cinema Review Top