「ラスト、コーション 色、戒」  2007年  アメリカ・台湾

監督;アン・リー
出演;湯唯(タン・ウェイ),梁朝偉(トニー・レオン),王力宏(ワン・リーホン)
2009年4月?日  wowwow録画  自宅ごろ寝シアター

dvd 1938年第二次世界大戦下の香港。女子大生のチアチーは演劇サークルで恋心を抱く友人に誘われ、抗日運動に関わるも、失敗。数年後、上海で再び昔の友人と出会ったチアチーは、抗日活動の弾圧を任務とする特務機関のイーを誘惑し、暗殺することを命じられる。しかし激しい性愛を交わすうちに、孤独なイーに惹かれていく。ラスト=lust。
細かいことを言えば、納得できないところもあるが、最近見たなかではお気に入り映画。前半は学生時代の抗日運動。裕福な学生たちが理想に燃え、演劇サークルと大した変わらないノリで、抗日活動をはじめてしまう。計画も危機管理も甘いし、気が付いた時には、取り返しがつかない状況に置かれているというお粗末さ。彼らにやや呆れながら、導入のエピソードにしては冗長だなぁと思って見ていた。しかし、後半。人物描写や人間関係で前半の伏線が活きてくるし、また、この前半と対比で、チアチーの女性としての変貌ぶり、緊張感を際立たせる。
後半は一変して、チアチーとイーとの関係がものすごい緊張をはらみながら展開。生きるか死ぬかの崖っぷちで逢瀬を重ねてるという状況だけでも緊張感があるのだが、演出も効いている。演技、台詞は抑制的だが、その分、視線と表情が重い。この監督の特徴であるが、アップでピントが浅い映像、ピント移動(同じカットでピントを手前から奥に、または奥から手前へ移動させる)をよく使う。下手をすると単調になるが(『いつか晴れた日に』)、本作ではこれが効果的に用いられる。登場人物がチラッと視線を動かす、次のカットで視線の先の対象物のアップ、または対象物にピントを移動させる。ピントを浅くして人物の顔だけをくっきり捉え、表情が微かに変わるのを思わせぶりに映すなど。これが、抑制的な演技・台詞に深い感情や、緊張感を与えている。一番印象に残ってるのは、チアチーが宝石店で指輪を手にした時の一連のカット。彼への愛と、彼を暗殺しなければならない苦しみ、葛藤。役者の演技も良いのだが、殆ど顔がアップ、視線、表情をじっくり捉えているだけだが、差し迫った状況で、どんな言葉にも表現できない彼女の心のうちを感じさせる。
評価が分かれるのは、過激だと話題にされるsexシーンだろう。ちなみにR15。確かに、時間も長いし、際どいところまで映し込んでいる。でも、AVのようなハァハァじゃないから。官能的でもないし。二人は互いに相手にはさらけ出せない重い任務を背負っており、その道具にすぎない。油断すれば命がない立場である。だれにも分かってもらえない重圧、孤独、苦しみが日常のなかで、そこから唯一逃れられ、信じられるものがあるとすれば、体を抱き合っている時間だけだと思う。だから激しいほど、二人の行き詰まり感、やり場のない気持ちが伝わってきて、切なくなってしまう。演出やカメラも淡々としている。愛し合う二人を、たまにアップをいれながら、真上から、横から位置を変えながら、冷静に見つめているだけ。sexシーンで、二人の関係がだんだんと変化していくのが分かる。ここまで過激にする必要なしという意見もあるが、私はこのシーンがなかったら、とくに終盤での二人の心理描写が薄っぺらくなると思う。wowwowではぼかしが入っていたが(劇場でも入っていたらしい)、DVDにはなし。
世の中に、これ以上辛い恋ってないと思う。だって、どちらかの死で終わる以外にないのだから(戦争がしばらく続くという前提でだけど)。私の読みだが、イーはチアチーを疑ったと思う。彼女のグラスについた口紅を見逃さなかった(ハイソな女性ならあり得ないこと)し、「慎重に仕事の話を避ける」ことにも気づいている。最初のベットシーンが拷問のように乱暴だったのも、疑いを持っていたからだ。それでも、彼の孤独を埋められたのは彼女だけだったから「お前の言葉だけは信じ」ようとたのだろう。そして、チアチーもその愛が真実だと知った時、道具として任務を果たすより、自らの意志で彼以外のすべてを捨てる選択をしたのだ(ちょっとネタバレ(^^ゞ)。チアチーが歌で気持ちを伝えるシーンは名場面だと思う。
それにしても、トニー・レオンってこんなに凄い役者だと思わなかったなぁ。私は彼が人気が出始めた頃しか知らなくて、アクションか好青年の役が多く、アイドルというイメージだった。でも、渋くなったなぁ。冷たく、感情表現が乏しいという難しい男の役だが、絞り出すような、滲み出るような演技は素晴らしかった。タン・ウェイも完璧。映画初出演とは思えないほど。この二人だったから成功した面も大きいと思う。

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「やわらかい手」  2007年  イギリス・フランス・ベルギー・ルクセンブルク・ドイツ

監督;サム・ガルバルスキ
出演;マリアンヌ・フェイスフル,ミキ・マノイロヴィッチ
2009年4月?日  wowwow録画  自宅ごろ寝シアター

dvd 難病の孫の手術費用を工面するため、中年の専業主婦マギーは、手だけで、壁越しに男たちを絶頂に導く風俗店で働くことに。彼女の「ゴッドハンド」はいつしか評判になる。
職歴なしの中年女性には稼げる働き口なんかないし、幸運にもありつけた仕事はsex産業で、差別も偏見もあるし、辛い仕事だ。そこを乗り越えさせたものは、祖母・母としての愛情であり、心あたたまる。
が、この作品にはもう一つ大きなテーマがある>女性の自立。働く前のマギーは、息子夫婦に冷たくされても、近所の奥様に見下されても、黙ってやり過ごした。家庭と近所という狭い世界以外に彼女の生きる居場所はなかったから。しかし、働くことで、徐々に変わっていく。彼女の「ゴッドハンド」は幸運な才能だけでなく、孫を救いたい一心で、真剣に仕事に取り組んだ成果だと思う。マギーは同僚と仕事の仕方が明らかに違っていた。同僚は「イカせればハイ終わり」(えげつない表現で…(^^ゞ)という対応だったけど、マギーは清潔な仕事着を用意し、花やお気に入りの絵を飾ったり、イヤな仕事だけど、自分自身が気持ちよく仕事できる環境を整えていたし(私も本気で仕事する時は、まず散らかった部屋の片付けからはじめるから分かる)、右手を痛めれば、左手で仕事していた。そうした仕事への姿勢が、客の数にあらわれたのだ。そして、自分の力でお金を稼いで孫を救えたということが、彼女に誇りと自信を持たせ、狭い世界から飛び出すための新しい人生の扉を開いた。彼女を蔑んでいた主婦友だちと決別するシーンはスカッとする。「私ペニス肘なの(←仕事のしすぎで肘を痛めている…)。売れっ娘よ」(爆)。周りが何を噂しようが、自分は恥じることはしていないという態度をはっきりと示すのである。マギーは孫の手術に同行しなかったが、それは愛情がなくなったわけではなくて、息子も、自分も一人立ちさせることを選んだのだと思う。誰かのためだけにではなく、自分自身が幸せになる道を歩みはじめたマギーに拍手とエールを送りたくなる。
気になったのは、音楽。ベースを効かせた単調な旋律。陽気な話じゃないけど、必要以上に全体のトーンを暗く、陰気にしてしまっているような感じがする。
主演のマリアンヌ・フェイスフル。アラン・ドロンと共演した『あの胸でもう一度』(1968年)で、裸に黒革のジャンプスーツを着てオートバイに乗っていた。巷では「不二子ちゃ〜ん」のモデルという噂である。ちょっとググってもらえば分かるが、波乱の人生を送ってきた人で、スクリーンに復活したのはごく最近のこと。そんなどん底を知る彼女だからこそマギー役がはまったのかもしれない。風俗店の経営者ミキ・マノイロヴィッチも良い味わい。エミール・クリストリッツァ『アンダーグラウンド』(1995年)のイメージが強いからなぁ。いかにも地下社会を歩いてきた臭いがするもん。

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