「ミラーズ・クロッシング」  1990年  アメリカ

監督;ジョエル&イーサン・コーエン
出演;ガブリエル・バーン,マーシャ・ゲイ・ハーデン,ジョン・ポルト,アルバート・フィニー,ジョン・タトゥーロ
2009年6月?日  DVD  自宅ごろ寝シアター

dvd 禁酒法時代。トムはアイルランド系マフィアのボスであるレオの片腕。しかし街ではイタリア系マフィアの勢力が大きくなりつつあった。レオの愛人ヴァーナの弟がイタリア系マフィアから追われる身になったことをきっかけに、それぞれの陰謀、裏切り、友情、駈け引きが幾重にも重なり合い、マフィアの抗争も大きくなっていく。私は、アカデミー賞受賞作の『ノーカントリー』よりも、興行的には赤字だった本作の方が好き。この感想を書くために、また見直しちゃったよ。
ギャング映画と言えば、非情な世界、男達のドロドロ抗争、骨太なストーリーというイメージ。それに比べると本作はちょっと異色作。コーエンの特徴でもあるが、殺伐とした世界に、美しい映像と音楽がとけ込み、人間の滑稽さ・可笑しさが滲み出る。そして二転三転して、どこへ転がっていくのかわからないストーリー。一言で言うなら叙情的ギャング映画(↑DVDのジャケ写真も、叙情的ギャング映画って感じだわよ)。
何たって一番の魅力は、トムの格好良さ。ヴァーナのセリフに「ブタ野郎だけど、プライドは高い」というのがあって、これがトムの格好良さをスパッと表していると思う。トムはブタ野郎だ。だって、借金で首は回らないわ、敵対するマフィアの手下どころか自分のボスにまでボコボコに殴られ、彼が唯一心を掛けたヤツには思いっきり裏切られて、殺しをするハメになるし、そのせいで女には振られし…。でもプライドはものすごく高い。借金を返せるあてがなくとも誰にも頼らないし、絶体絶命でゲロするほど怖くても、顔色一つ変えずに臨機応変に次の手を打ち、最後はボスを救って、女への未練もチラッとも見せずに去っていく。カッコイイ〜。踏んだり蹴ったりなのに、いつもクールを装っている。そう、男の格好良さはやせ我慢。ボスや周りのチンピラが、感情にまかせてわめき立てたり、女に絆されたりするヤツばかりだから、彼の格好良さがひときわ光る。その意味ではキャラクター設定も巧みだと思う。
コーエンは転がって回るものが好きである。これはフェチレベルと言っていいぐらいで、全作ではないが、多くの作品に転がって回るものの映像を入れている。コーエンは、ギャング映画でも犯罪映画でもコメディでも、一貫して"思いどおりに行かない人生"を描いており、転がって回るものの映像はその暗喩である。本作ではオープニングで(このオープニングは映像も音楽も素晴らしく、好きなオープニングベスト3に入る)。黒い帽子がふわっと落ちてきて、緑の森のなかを風に吹かれて転がっていく。次のシーンで、これはトムの夢であることが分かるのだが、彼はいつも帽子があるかどうかを気にしており、「転がる帽子を追い掛けるようなバカなまねはしない」と言う。その後も度々、帽子が印象的に映し出されるが、帽子はプライドの暗喩でもあるような気がする。プライドを失うこと。それが彼にとって一番の不安であり、悪夢ということなのだろう。だからラストシーン。彼は自分を振った女と結婚するボスの後をついていくような不様なことはしないのだ。森のなかでボスの背中を見送りながら、帽子を深く被りなおす。吹き飛ばされたりしないように。この冒頭とラストとの繋がり、ガブリエル・バーン(トム役)の帽子を被りなおす仕草と表情、すべてが格好良すぎて、しびれたわ。
銃撃戦も一般的ギャング映画に比べると少ないが、見応えはある。特にアイルランド系ボス(アルバート・フィニー)が不意打ちを食らうシーンが良い。刺客の全身はあまり見せずに背中や足下だけを見せ、ドア一枚隔てて刺客と向かい合わせるなど緊張感の演出が素晴らしい。この間、流れている音楽は「ダニー・ボーイ」というのも心憎い。ここでの演出、カット割りは後の『ノーカントリー』を彷彿させる。
がっかりな点がひとつ。字幕である。この映画はセリフも気障である。なのに、ボスの愛人である高級娼婦の口癖「drop dead!」が「おっ死ね!」っていうのは、いかがなものかと。「おっ死ね」って…昔話の意地悪ばぁさんみたいで、センス悪すぎ。2,3回出てくるが、この字幕ひとつで映画の雰囲気が壊され、ガクーっときてしまう。辞書を引いたら「くたばれ」と出ていた。素人目にもこっちの方がいいと思うが。

小ネタ
本作で、アイルランド系マフィアのボスを演じたアルバート・フィニー。30年前、『オリエント急行殺人事件』で名探偵ポワロを演じた方だ。彼は『オーシャンズ12』(2004年)に、伝説の大物強盗役(ポワロが強盗ってのも笑っちゃうんだけど)として出演しているが、そのなかで、ストーリーとはあまり関係なく、唐突に次のようなやりとりが出てくる。「『ミラーズ・クロッシング』の命乞いの言葉は?」「心の声を聞いてくれ」。『オーシャンズ12』の監督はソダバーグだけど、アルバート・フィニーといい、このセリフといい、この映画、相当気に入っているのかもしんない。。。

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